大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和62年(ワ)4212号 判決

原告

吉岡フサエ

被告

三共商事株式会社

ほか一名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自五〇九万四六六〇円及び内金四六三万四六六〇円に対する昭和六〇年三月一二日から、内金四六万円に対する昭和六二年四月一七日から各支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

1  日時 昭和六〇年三月一一日午後七時一五分ころ

2  場所 東京都江東区門前仲町一―二〇先道路(以下「本件道路」という。)

3  加害車 普通自動車(品川四六た五二八四)

運転者 被告平山邦彦(以下「被告平山」という。)

所有者 被告三共商事株式会社(以下「被告会社」という。)

4  被害車 原動機付自転車(江東区こ六六四三)

運転者 原告

所有者 原告

5  事故態様 原告が被害車を運転して本件道路手前の交差点(以下「本件交差点」という。)から青信号に従い本件道路に進入して走行中、被害車の進路前方対向車線を走行してきた加害車が急にセンターラインを越えて被害車の進路前部に出て来たため、原告は、衝突回避の操作を講じたものの被害車もろとも転倒し、被害車等が破損するとともに、原告が負傷した。

二  被告らの責任

1  被告平山の責任

本件事故は、加害車を運転していた被告平山が、進行していた道路を一方通行の道路であると誤信し、前記場所にさしかかつた際、加害車の進行していた道路に反対方向から進行して来る車はないものと軽率に判断して、被害車の進路前部に急に進出したため起きたものであり、被告平山の一方的な過失によるものであるから、民法七〇九条にもとづき、被告平山は原告の受けた全損害を賠償する義務がある。

2  被告会社の責任

被告平山は被告会社の従業員であり、被告会社所有の加害車を運転して被告会社の職務に従事中、本件事故を起こしたものであるから、被告会社は使用者として民法七一五条にもとづき、原告の受けた全損害を賠償する責任がある。

三  損害

1  物的損害

(一) 車両修理代 八万三二一〇円

本件事故により原告の被害車が破損し、破損部分を修理するのに八万三二一〇円を要した。

(二) コート代金 二万九八〇〇円

本件事故により原告が着用していた時価二万八〇〇円相当のコートが破損し、使用できなくなつた。

2  人的損害

原告は、本件事故により右手背、右肘、右足背打撲傷、耳石器障害による良性発作性頭位眩暈等の傷害を負い、次のとおりの損害を被つた。

(一) 入通院治療費 九六万八九九〇円

杏雲堂病院通院治療費(昭和六〇年三月一二日から同月二八日まで通院)二万六四二〇円、神尾病院入院治療費(昭和六〇年五月二日から同年六月一四日まで入院、同月一六日から同年七月二九日まで入院)九四万一五〇〇円、神尾病院通院治療費(昭和六〇年七月三〇日から同年一一月一八日まで通院)一〇六〇円の合計九六万八九八〇円を要した。

(二) 通院交通費 二万二一九〇円

原告は、杏雲堂病院に通院したが、足を負傷していたため歩行ができずタクシーを利用せざるを得なかつた。右タクシー料金の額が分かるものについてはタクシー料金の合計二万〇七九〇円を、タクシー料金の領収書の所在が不明で、かつ、原告が料金額について記憶していないものについては、自宅から病院までバス、地下鉄を利用した交通費片道二八〇円として合計一四〇〇円を合わせた二万二一九〇円を要した。

(三) 入院雑費 一〇万五六〇〇円

一日あたり一二〇〇円として、神尾病院入院期間八八日分の合計一〇万五六〇〇円を要した。

(四) 休業損害 三六六万三七〇五円

(1) 麻屋通商の給与、賞与分 二三二万八〇〇〇円

原告は、本件事故により昭和六〇年五月二日から同年八月三一日まで休業せざるを得なかつたため、昭和六〇年五月分の給与が三〇万円支給されるところ四万八〇〇〇円しか支給されず、同年六月分は三〇万円支給されるところ全く支給されなかつた。また、同年七月から給与が三五万円に昇給されることになつていたが、欠勤のため同年七月分、八月分、九月分として支給される各三五万円の給与が七月分、八月分は全く支給されず、九月分は二二万四〇〇〇円のみ支給された。賞与についても、休業したため昭和六〇年七月の夏季賞与金六〇万円が全く支給されず、同一二月の冬季賞与金七〇万円については三五万円のみしか支給されなかつた。よつて、給与、賞与の損害は合計二三二万八〇〇〇円である。

(2) 日本生命の給与、賞与分 一三三万五七〇五円

原告は、日本生命も昭和六〇年五月二日から同年八月三一日まで休業し、その間、保険の勧誘、集金等が全くできなかつた。原告のような外務職員については、日々の保険の勧誘、集金等の成績によつて給与額が左右され、休業すれば、それが休業した月ばかりでなく最長五年間にわたつて影響がある。よつて、原告の休業にともなう損害額を、昭和六〇年五月分の損害がいくら、六月分がいくらと明確に算定することは困難であり、五年間にわたる損害を現在時点で算定することも困難である。しかし、原告が本件事故にあう前年の昭和五九年分の一年間の収入合計額は二六一万八七八八円であり、昭和六〇年五月から昭和六一年四月までの一年間の収入合計額は一二八万三〇八三円であり、一三三万五七〇五円の明らかな減少があるので、これをもつて損害となる。

(五) 慰謝料 一五〇万円

原告の入通院の期間、休業損害が明確に算定できず最小限で休業損害を求めている等の事情を総合的に斟酌すれば一五〇万円を下ることはない。

(六) 以上の合計 六三七万三四九五円

(七) 損害の補填 一四一万七九二〇円

原告が支払いを受けている一四一万七九二〇円を差し引くと四九五万五五七五円となる。

(八) 弁護士費用 四六万円

(九) 損害額合計 五四一万五五七五円

四  よつて、原告は、被告らに対し、請求の趣旨記載のとおりの支払いを求める。

第三請求原因に対する答弁

一  請求原因一項の交通事故の発生は認める。ただし、事故態様のうち加害車が急にセンターラインを越えて被害車の進路前部に出て来たとの点は否認する。

二  同二項の被告らの責任については、ほぼ認める。なお、被告平山が一方通行の道路であると誤信し、対向車線を進行していたことは認めるが、本件交差点手前で誤信に気付き、順行車線に進路変更中に原告運転の被害車が差しかかり、雨のためスリツプして転倒したものである。

三  同三項のうち、1の物的損害については知らない。2の人的損害については、原告が本件事故により右手背、右足背打撲傷の傷害を負い、杏雲堂病院に昭和六〇年三月一二日から同月二八日まで通院したことは認める。その余の各損害については、杏雲堂病院への通院に係る分を除き、本件事故との因果関係を争う。なお、損害の填補については、本件事故と因果関係の認められない分も含まれている。

四  同四項は争う。

第四被告らの主張

原告が本件事故によつて被つた右傷害は、杏雲堂病院への通院治療により治癒したものであり、その後の神尾病院における入通院は良性発作性頭位眩暈の疑いによるものであり、原告は一〇代後半あるいは二〇代より眩暈の症状があり、本件事故前の昭和五九年一月ころより、眩暈、吐き気等が頻発し、昭和大学附属病院にてCT等の検査を受けたのをはじめ、その後も神尾病院で通院治療を受けている。よつて、原告の眩暈、吐き気等の症状は本件事故と因果関係がなく、原告自身がもともと有していた持病によるものというべきである。

第五被告らの主張に対する原告の反論

本件事故以前の原告の眩暈等は、程度も軽く、我慢すれば仕事も出来たし、短期間に回復するといつた症状であり、入院をしたり、勤務先を休業せざるを得ないものではなかつた。本件事故後のものは一人では立つていられず、それも一日中続き、吐くものが無くて胃液まで吐くなど、原告にとつて初めて経験する症状であり、以前の疾患が再発したというものとは全く違うものである。仮に、本件事故後の眩暈等が、原告の体質的素因が寄与しているとして、損害額算定に当たつて斟酌されるとしても、その症状に大きな違いがあることをみれば、原告の入院にともなう治療費、休業損害、慰謝料から減額することは許されない。

第六証拠

本件記録中証拠関係目録記載のとおりである。

理由

一  請求原因一項については、事故態様を除き、当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第一号証、第二号証、第三一号証、原告本人尋問の結果によれば、本件事故態様は、原告が本件交差点において赤信号で停止し、対面信号が青に変わつたので発進し、本件交差点を越えて本件道路に侵入し、同所の横断歩道の当たりまで進行したところ、反対方面から本件道路を走行していた被告平山が、一方通行の道路と誤信し、対向車線に加害車を走行させ、本件交差点に差し掛かつたため、原告は、自車の進行方向から逆走行してくる加害車を、約一〇メートル手前で気付き、正面衝突すると思い、左にハンドルを切つて急ブレーキをかけたところ、路面が雨で濡れていたこともあり、スリツプして加害車の約三メートル手前で転倒し、体の右が下になるようにして、路面にたたきつけられたというものである。

二  請求原因二項については、当事者間にほぼ争いがないところ、前掲証拠によれば、被害車が転倒したのは、左にハンドルを切り、急ブレーキをかけたこと等にもよるが、原告がそのような措置を取つたのは加害車との衝突を避けるためのやむをえぬ措置であつて、加害車が対向車線を走行するにあたつて対向車両の有無に十分注意すれば、原告がこのような措置を取る必要はなく、原告が転倒することもなかつたものと認められるから、結局、被告平山が、対向車線に出て走行するに際し、対向車両の走行の安全を確認すべきところ、一方通行路と誤信したため、対向車両に注意せず、漫然、対向車線に出て走行したことが被害車の転倒をもたらしたもので、原告の自損行為とはいえず、また、被告平山には安全確認を怠つた過失があると認められる。よつて、被告平山は民法七〇九条により、被告会社は同法七一五条により、それぞれ原告の被つた損害につき賠償すべき責任がある。

三  損害

1  物的損害

(一)  車両修理代 七万四五〇〇円

成立に争いのない甲第一二号証ないし第一四号証、第一六号証、第三二号証、原告本人尋問の結果によれば、本件事故により、被害車が破損し、破損部分を修理するのに七万四五〇〇円を要したことが認められる。なお、原告は、昭和六一年一月二五日ころ交換したキヤブレターの代金八七〇〇円をも要求するが、右キヤブレター交換は本件事故と相当因果関係があるものと認めるに足りない。

(二)  コート代金 二万九八〇〇円

成立に争いのない甲第一五号証、第一七号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は、転倒により、着用していたコートの右袖、前身頃等が擦り切れ、着られなくなつたが、右コートは昭和六〇年三月二日ころ、代金二万九八〇〇円でかつたばかりで、事故当日初めて着用した新品であるから、二万九八〇〇円と認められる。

2  人的損害

(一)  通院治療費 二万六四二〇円

原告が本件事故により右手背、右足背打撲傷の傷害を負い、杏雲堂病院に昭和六〇年三月一二日から同月二八日まで通院治療し、治療費二万六四二〇円を要したことについては、当事者間に争いはない。

原告は、神尾病院における入通院治療費をも要求するところ、被告らは、本件事故によつて原告の被つた傷害は、杏雲堂病院への通院治療により治癒したものであり、その後の神尾病院における入通院は良性発作性頭位眩暈の疑いによるものであり、本件事故と因果関係がない旨主張する。

成立に争いのない甲第四号証、第七号証の一、二、第二一号証、第二九号証、第三〇号証、乙第七号証、証人神尾友和の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和六〇年五月二日、高度の眩暈症のため神尾病院に入院し、良性発作眩暈症の疑いがあり、耳石器障害の疑いが最も強いとされたことが認められ、同病院の看護日誌には、発病経過として、「一〇代後半より時折軽い眩暈あり、昨年一月ころより眩暈、吐気、回数が多くなり昭和大学附属病院にてCT等検査施行、一月一五日顎の痛みあり、当院受診、その後も眩暈にて通院治療、昨日より眩暈強くなり、本日吐気、嘔吐あり、眩暈強度にて外来受診し、入院となる」等の記載がある。

ところで、原告は、本件事故以前、昭和五九年一月一四日から同年五月三〇日までの間、昭和大学附属豊洲病院においてめまい等の傷病名で診療を受けていて、同病院の内科の来診療録によると、「昨夜一月一三日めまいの兆候があり、そのまま眠り、今朝八時ころ起床したが、めまい(回転性が主で、フラフラした感じもする。)、吐き気、嘔吐(胃液のみ)あり、現在まで継続」、「最近一か年に三、四回同様の症状があり、ストレス、過労が誘因と考えられる」、「二〇代前半からめまいの発作があり、このところ頻度が増してきた」等の各記載がみられ、また、外科の外来診療録には、「眠つていても、自分の体が遠心分離器にかけられた様なめまい出現する。同時に頭痛(輪をはめられた様な痛み)」、「現在めまいがつづく(周囲がクルクル回る感じ)」、本人の既往症として「昭和五三年、旗の台脳神経外科―交通事故にて(頚から上がフワフワしている感じ)」等各記載がみられる。

その後も、原告は、昭和六〇年一月八日から神尾病院において、診療を受けているが、同病院の診療録によると、「一月七日夜よりフワフワ感あり、回転性はない。耳鳴りがあるがサイドは不定である。随伴はない。二〇代より時々あつた。五九年に頻発する(一月、二月、四月)。」、「回転感は生じない。横になると後ろに落ちて行くような感じである。」等の各記載がみられる。同病院で行われた平衡機能検査である眼振検査で、昭和六〇年一月八日には眼振が現れたが、同月一六日には改善され、同病院での診療は一月二二日で一応終了していた。

そして、本件事故後、原告は前記のとおり、昭和六〇年五月二日に神尾病院に入院となつたのであるが、同日行われた眼振検査では昭和六〇年一月八日の検査結果とやや似ているが、原告がめまいと吐き気を強く訴えていたこと等から入院となつた。なお、眼振とめまいとの関係は、眼振が強いからめまいも強いというものではなく、めまいが強くとも眼振が出ないこともある。

その後、治療の結果一応症状が軽快し、六月一四日退院したが、めまい感が強くて翌一五日再入院し、同年七月二九日めまいは時々訴えていたが入院するまでの必要はなくなり退院した。その後、同年八月一一日の眼振検査では眼振はかなり小さくなつていて、同九月一八日、同年一一月一八日には眼振は現れず、めまい感の訴えもなくなつた。

原告の右症状は、眼振が出たり消えたりすること、注視眼振が見られる場合が非常に少ないこと、CT検査で形体学的には内耳及び脳内に異常が認められないこと等から中枢性ではないと考えられ、頚部誘発のめまいか耳石器官誘発のめまいかについては、頭位眼振で右下頭位、左下頭位に眼振がでているが、これは耳石器障害に一番多いこと等から内耳が中心となつた病気と判断されている。

本件事故と原告の耳石器障害との因果関係については、神尾病院の看護記録の昭和六〇年五月一六日の欄に、「今年三月一一日バイクにて転倒、右側打撲したものの、頭はヘルメツト………今回の事と関連ないかどうか聞きたいとの………」と記載があり、原告は、このころから本件事故と眩暈症状と関係付けて考え始めたことが認められるが、原告の治療した同病院の医師である神尾友和証人は、「顔面・頭部、とくに側頭骨(耳部)に、明らかな外傷所見(側頭骨骨折も含め)が認められなくても、外傷による耳石器障害が発症する可能性は大である。また、耳石器障害は、事故直後に発症する場合は少なく、しばらく経過してから発症する場合が多い。」とはするものの、「本症例について、三月一一日に発生した交通事故と耳石器障害との因果関係を、明確に結びつけることを断定することはできない。しかし、本症例の診断名である良性発作性頭位眩暈症と外傷とは、深い関係のあることは種々の文献で明らかであると共に私の臨床体験に基づいているので、事故との関連の可能性を全く否定することはできないと考える。」としている。また、原告が以前からめまいを訴えていることも、明確に断定出来ない理由にあげている。

原告は、本件事故後に初めて眩暈症の発作が発現したものではなく、本件事故以前から、そのような症状があり、しかも前年の昭和五九年一月以前から眩暈、吐き気等の発作が頻発し、その治療を受けていたという状況から判断すると、原告の眩暈症は、症状増悪の点を含め、原告自身がもともと有していた既往症によるものとの疑いがあり、本件事故と相当因果関係があるものと認めるには未だ十分ではない。

従つて、良性発作性頭位眩暈の疑いによる神尾病院での診療を本件事故に因るものとすることはできないから、結局、本件事故による原告の損害は、右杏雲堂病院への通院治療費に限定される。

(二)  雲堂病院通院交通費 二万二一九〇円

杏雲堂病院への通院交通費については当事者間に争いはなく二万二一九〇円と認められる。

(三)  慰謝料 三〇万円

本件事故の内容、障害の程度、治療期間、その他諸般の事情を考慮すれば三〇万円をもつて慰謝するのが相当と認められる。

3  合計損害額 四五万二九一〇円

三  原告が被告らから、一四一万七九二〇円の支払いをうけていることについては当事者間に争いはなく、原告は右合計損害額を越えた支払を受けているので、原告の損害は既に填補されている。

四  よつて、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原田卓)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例